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プロ野球観戦

今日は誘われたので、中日ー楽天の試合をナゴヤドームに見に行きました。オープン戦の終盤なので、5回当たりまでがレギュラークラスが出ていて、そこから選手が控えと、1軍当落線上のテストを受ける選手たちへ。1週間後に開幕という事で、この辺の先発は開幕投手候補だし。前半はあまり点数入らなかった。もう少し伸びるかと思った当たりも、今日は、なかなかスタンドインしなかったな。結果は5−5。両チームに所属して活躍した山崎選手の引退試合と銘打っていたので、引き分けはシナリオとして良かったのかな。

科学論文に関すること。。。投稿から出版

STAP問題の質疑応答を見ていて、質問者もわかっていないのだな、と思ったのは科学論文の投稿から、出版までのプロセス。ある質問者は投稿からreviceを経てacceptに至りそこから後、という流れがわかっていなかったので科学者である理研の人たちと話が噛み合っていなかった。

雑誌によって異なる部分が多々あるのだが、私の知る限りの通常の標準的なケースで説明してみる。

まず、研究者は論文をまとめる。本文を書き、図表を作る。共同研究などで複数の著者で書く場合、話し合いながら、それぞれの分担する範囲を決めて作製を進めます。投稿しようとする雑誌の投稿規定を見て、そのフォーマットに合うように書きます。責任著者あるいは筆頭著者が最終のとりまとめをして出来上がると、共著者全員に投稿用の原稿を回し、チェックして問題なければ投稿します。現在の学術誌はオンラインと浮こうシステムが用いられていて、ウェブ上から投稿します。その後の通信は電子メールで行われます。

かつては、査読用のコピーもそろえて郵送で送り、通信が全て現物の郵送だった時代はかなり時間がかかりました。ファックスが普及すると査読の結果が国際ファックスで送られてきましたが受信トラブルが発生すると面倒でした。インターネットの進歩で時間短縮が進みと地理的な不利も無くなりました。

投稿する時は所属機関は通常何も関与しません。研究者が自らの責任で投稿します。投稿された論文は編集者により査読者の選定と依頼が行われます。投稿された内容の論文を評価できそうな実績を持った人が査読に選ばれます。投稿者は誰が査読したかを知る事はできません。投稿時に競争相手に査読が回らないように指定する事もできる事が多いです。雑誌によっては、査読者を投稿者が推薦できますが、その人を選ぶか否かは編集者の権限です。査読者は依頼を受けると数週間以内に査読結果を返さなくてはなりません(この作業は通常ボランティアです)。査読者が返す内容は、まず、この論文は掲載に値するかしないを、そのままの掲載してよい(acceptable)、文章など細かいところの修正が必要(acceptable with minor revision)、追加の実験をしてそのデータを加えれば掲載可能(acceptable with major revision)、掲載すべきでない(reject)、の基本的には4通りのどれかの答えを編集者に返し、編集者から投稿者に査読の結果が伝えられます。そのまま通れば即出版の手続きに進みますが、そのような事は稀です。投稿者は査読者の指摘に従って原稿を修正し、または、追加の実験を行いその内容を加えて論文を修正し、改訂版を再投稿します。もし、査読者の意見が的外れだったり、実行不可能な実験が要求であれば、その意見を添えて出します。通常、このreviceには期限が設けられていて、3-4ヶ月以内の修正して改訂版の再投稿が要求されます。実験が難航した時など、お願いすれば期限の延長が認められる事もあります。修正した部分に不備があれば、再度修正を要求される事もあります。複数の査読者で意見が異なると編集者の責任で判断が下されたり、査読者を増やして判断が行われる事があります。

改訂版は再度査読者のチェックを受け、査読者が納得すると編集者が掲載可(accept)を出します。一旦acceptが出ると、もう、スペルミスなどの些細な部分以外は変更ができなくなります。この後は出版に向けた事務的な書類のやりとり、ゲラのチェック、校正と進み、最終的に出版されます。acceptされた時点で著者は業績として(in press [印刷中]という表示で)示す事ができるようになります。時々、かさ上げしようとして執筆中(in preparation)とか投稿中(submitting)という論文を業績リストに入れる事もあるんだが、これらは、いつどこに出版されるかもわからないので通常業績評価の対象外になります。

大きな研究費をもらっていて、アピールの必要な人とか、特別アピールしたいすばらしい業績が出た時は、所属機関に申告してプレスリリースが行われます。このような時には事前に所属機関が論文が出る事を把握するのですが、論文の投稿作業に所属機関は通常タッチしません。うちでは年度末に業績の申告を要求され、そこで上げて、所属機関は出版状況を知る事になります。

かつては、出版プロセスのスピードが雑誌によって大きく違っていたので、競争の激しい分野では競争相手が投稿したと聞くと早く審査の進む雑誌に後追いで投稿するという話も聞きました。また、査読が競争相手に回り、時間をかけて査読され、難癖を付けられ、そのうちに追いつかれたという話もよくありました。そういった部分は今のシステムでは随分改善されています。しかし、ボランティアで、限られた時間で査読をするので、本文とデータの整合性を検証する事はできても、不正までの検証は普通の査読者にはできません。なので、論文の不正の告発などは草の根の活動に頼っている訳です。まともなトレーニングを受けた研究者はデタラメはやらないので、全ての論文を誰かが不正チェックを細かくするのは、これまではそれにかかるコストとして見合うものにならないと思います。今回のような大騒ぎが頻発するようであれば必要になってくるのかもしれませんが、私個人の考えとしては、大多数の科学者の良心を信じたいところで、たまに出てくるおかしな人にスタンダードを合わせるような事になってもらいたくは無いです。

科学論文

マスコミは理系のことわかっていない人たちが多く、はくしをん分を核とか学術論文を書くとかわかってなくて報道していたり、コメントしている人が結構トンチンカンな事をTVなどでしゃべっているので、簡単な説明。

科学論文ってどんなもの?


ニュースなどで、欧米科学誌、NatureやScienceに発表された、と聞く論文てどんなものでしょう。


大学や研究機関などでの研究成果は論文としてまとめられて、学術誌(Scientific Journal、科学者は「ジャーナル」とよく言いますが)と言われる【雑誌】に投稿され、掲載されます。基本的には(本来の在り方としては)、得られた結果を広くみんなに知ってもらって、科学、人類の進歩に役立ててもらうために公表するものです。それぞれの国の言葉で書かれるものもありますが、現在は国際的に評価されるためには英語で書かれます(以前は、受け付ける言語が複数ある雑誌もありました。日本で国内向けのものでは日本語で書かれるものもあります)。


学術論文はどのような書式で書かれているのでしょう?


私のいる生命科学分野(他の分野では微妙に違く事があるかもしれませんが基本的に同じだと思います)の論文の典型的な例について書いてみます。

まず、論文のタイトル、著者とその所属機関や連絡先が書かれています。実験材料の分譲を請求する時などにこの情報は重要です。通常は最初に名前が乗っている人が筆頭著者(First Author)で、論文の実験などを主に行った人になります。あとは、研究への貢献度によって順番に名前が並びます。同等の貢献だという時は、そのような注釈が付いたりします。最後の方は研究室の主宰者、研究室の責任者に当たる人が来る場合が多いです。研究室の責任者自ら実験をして、筆頭著者で論文を書く場合以外は「ボス」が最後になるのが普通です。責任著者(Corresponding Author)がそれに当たります。最後の人に責任著者のしるしがついている場合が多いですが、複数の研究室の共同研究で責任著者が複数だったり、筆頭著者が責任著者を兼ねる場合があります。


論文本体の最初は要約【Abstract】で、論文の内容の要約が書かれています。単語数は雑誌によって制限が異なりますがこの文の長さは大体英単語200語前後のことが多いようです。目次でタイトルを見て興味があった場合、この部分を読んでさらに本文を読みたいか、判断しています。

この後が本文になります。本文は通常、序論【Introduction】、材料と方法【Materials and Methods】、結果【Results】、考察【Discussion】に分かれています。古典的には、この並びですが、最近は材料と方法が最後になるものが増えています。また、Results & Discussionとして、結果と考察が一体になっている場合もあります。


序論には、この論文を理解するための前提となる事柄がまとめられています。過去の研究を引用しながら、この論文以前に何がわかっていたのか、明らかにしなければならないどんな課題があったのかを、多少遠い分野の人でも理解できるようにこれまでの論文を多数引用しながら書かれています。最後の節には、そこまでで書かれてきたことを踏まえて、この論文でどんな実験を行い、得られた結果とその意味が簡単にまとめられているのが普通です。


材料と方法では、この論文で使った実験手法について書かれます。実験材料や試薬、実験手順等が読んだ研究者が自分の研究のために同じ実験をしたいと思ったらできるように、記載します。紙面の限られる雑誌では、しばしば詳細が省略されすぎて困ることがありますが、精神としては同じ実験ができるように書きます。


結果では実際に行われた実験とその結果と意味するところが記載されています。ここと考察が論文のメインの記述になります。


考察では得られた結果を基に考えられることが述べられます。ここでは、多少の予想などが含まれることもあり、今後の課題なども議論されることになります。ただ、あまりに妄想を膨らませすぎると、やりすぎ(over discussion)として根拠を示さないとダメ、と書き直しを要求されます。


顕微鏡写真やグラフ、数値の表といったデータは図(figure)表(Table)として表示され、本文で必要に応じて参照されます。図には独立して図の説明文【Figure legend】が付きます。製本された段階では、本文で触れられる文章の近くに図が来るように段組みされますが、離れてしまうこともあります(そういう時は読みづらいんですが)。


本文の後には、謝辞【Acknowledgement】として、著者には入っていないけれど研究を助けてもらった人への感謝、研究費をもらった、政府機関や財団などへの感謝が表示されます。


本文中で参照した論文や本などのリストが【References】としてリストされ、過去の研究など、遡って知識を得ることができるようにしてあります。参照はきちんとするのがマナーです。自分の結果のみで議論したり、序論を書いたりはできないので色々な人の結果をあっちこっちから引っ張ってきて書くことになるし、方法も元を示して細かいことを書かない方が楽なので、長い論文は引用も多くなりますが、短い形式を指定している雑誌では数を制限される場合があり、この場合は取捨選択に頭を悩ますことになります。


最近は著者が複数いる場合の研究における役割分担が明記されたり、利益相反に関する記述があったりするばあいもあります。また、インターネット上で公開されるようになってから、紙面の制限で本体では載せられなかった実験データや詳細な実験方法をSupplimental materialsとして、インターネット上からアクセスできるようにして必要な人には研究のより細かい情報が伝えられるようになっています。


それぞれの項目の呼び方が多少雑誌によって異なることもありますが、基本的にこのような構成になっています。


査読(peer review)ってなんなのか

学術論文は投稿すれば載せてもらえるというものではありません。雑誌側も自分の雑誌に載せる価値がある論文か、論文をチェックします。そのチェックシステムが査読になります。学術論文はEditor(編集者)に学者が名前を連ねています。このうちの誰かが投稿された論文を取扱い、通常複数(2-3人)のその分野の研究者に査読を依頼します。依頼を受けて承諾した人はreviewer(査読者)として出版前の原稿を読み、ダメ出しを行います。それに従って掲載可か、不採択か、の判断がなされますが、一番多いのは何らかの修正あるいは追加の実験を要求されること(revise)です。修正、追加実験のデータの追加を経て査読者のダメ出しに対応して、掲載可の判断がされるとacceptされて、出版に向けてのプロセスに進みます。基本的には、このプロセスは、論文の掲載・不掲載の選別の機能の他に投稿時の不完全な部分を直し、より良い論文として出版可能にするという機能を持つとされていて、学術論文誌では広く採用されているシステムです。負の側面としては、競争相手や大御所に査読が回り、意地の悪いコメントを付けられ落とされたり、余計で過大な追加実験を要求したりわざとゆっくり査読したりして時間を稼ぎ、同じ内容の論文を先にあるいは同時に出されてしまった、という話は良く聞きます。最近はそのようなことが避けられるように、査読の時間も短く区切られることが多いですし、この人に査読を頼むのは止めてくれ、という要求も投稿時にできるようになっていることが多いです。また、出版された論文に、最初に原稿を受け付けた日付と最終的に掲載が決定された日付の両方が記載されるようになっていて、先手権争いに配慮しています。


余談

学術論文は研究成果を人類共通の資産とするためもあり、世界で評価されつためには、今は研究者が国籍に関わらず理解することができる言語として英語で書かれます。非英語圏の研究者にとっては母国語でないので我々も含めてみんな苦労します。ひどい英語となるのを避けるため投稿時に英文校正を受けることを雑誌側も薦めていますし、実際構成のみならず、翻訳サービスもお金さえ払えば利用可能です。学術論文でまず大切なのは研究成果で、格調高い文学的な文章であることは要求されませんが、読みにくい文章では論文が採択されないという結果を生みがちです。

また、欧米文化圏の人は序論や考察の中で向こうの共通の教養としてギリシャ神話などからの話をネタに文章が書かれている場合があります。日本人の私には、なんじゃこれ、なんですが、欧米人同士の間では受けがいいようです。中国の故事に因んだり、日本の古典文学に因んだりした話を差し込んでも受けないと思いますが。

科学的な真実の記載、という側面が強いので、文章は似たようなものが並ぶ場合があります。材料と方法などは、言ってみれば実験マニュアルの文章なので、定型文の連発です。序論も、その研究の意義を語る文は同じ研究室からの論文を並べるとおなじみのフレーズ、というものが見出せたりします。そういった部分の創造性は要りませんが、科学的真実として明らかにされたことの新しさは要求されます。競争に負けて、準備していたものと同じものが出されてしまったー、となると対応策は、ランクの下がる雑誌に急いで出す、同じ解析でも何か自分たちが違うデータがないか探してそこが新しいとして出す、さらに先の実験をやって上を行く研究として出すために頑張る、と、苦しい対応を迫られます。


博士論文ってどんなもの?


博士の学位申請時に提出される論文です。大学院の博士後期課程修了時に学位認定のために提出され、学位認定のための審査に使われます。学部の卒業論文、大学院博士前期課程(修士課程)の修士論文と異なり、博士論文は製本して2部を提出し各大学の図書館と国会図書館に送られ、閲覧することが可能なものとなります。最近はリポジトリにより、大学の図書館などから一部ネット上に公開されているものもあります。一方、卒論、修論は大学により扱いは異なるかもしれませんが、学内的に扱われるもので、一部大学の図書館に収蔵されて公開される場合もありますが、卒業の審査に使われた後は、特にどこかに保管されなくてはならないものとはなっていないので、扱いが大きく異なります。


文系・理系、各大学院の研究科、学科、下手すれば指導教員によって指導される細かい書式の違いはあるかもしれません。私の受けた指導の場合は学術論文の拡大版を書く形です。人によっては、学術書、の形式をとる場合もあります。審査のされ方、審査基準も大学によって、研究科、専攻によって異なっています。

博士論文は、基本的には大学院在籍中に行った研究について記述されています。大学院において行った研究を示して、博士の学位に十分な内容の研究を行い、それを論文の形にまとめて公表する能力があることを示すためのものです(口頭で発表する能力は別に学位公聴会で、発表と質疑応答を行って審査されることになります)。従って、内容については既に学術論文に掲載されたもの、今後投稿に使う内容なども含まれていることが多いです。言語は日本語の場合も英語の場合もあります。薄くなると格好悪いし、サボっていたと思われたくないので、学術誌への掲載論文では省いたような細かいデータや実験手順も丁寧に書き、期待外れに終わった実験についても全て漏れなく書くことも多いです。学術論文の書きかたに準ずるので、要約、序論、材料と方法、結果、考察、参考文献、謝辞、図表、図表の説明といった項目が並びます。複数の異なったテーマの研究を行った場合は章を分けて書く場合もあります。

STAP中間報告を見て

私の周辺でも大学内、ネット中継などを見ていたようだった。昨日の中間発表を見た感想は、偉い先生方がこんな事に駆り出されて、しかも既に高齢の方々が4時間も付き合わされて、自分のところの不祥事とは言え、大変だな、というものだった。

中間発表なので、予断を持ってやっているとか、結論ありきの調査をしていると言われないために多くの事を調査継続中としてい断言を避けてたけれど、みんな心証としてはクロだと思っているのが、端々に出ていた。その状況で、後々面倒な訴訟が起きたりしないように言葉を選んで喋っていても、学者の世界がわかっている人には、クロと見ている事はわかる言い回しがそこここにあった。

単純ミスであれば、こんなには重ならない。これまでも、クロの場合は一つでた後、芋づるで複数のデータの改ざん、捏造、盗用が出てくる。Natureの論文でも、多分問題が出ているのは小保方さんの担当した実験と文章の部分なのだろう。さらに、博士論文などの他の論文にも問題が出ていることはクロの可能性を上げている。ただ、本人がやりました、と言わない限り、証拠で検証して調査委員会が認定するしかしないので難航しているのだろう。

論文の問題が片付いたら、小保方さんをチームリーダーに登用した人事が適正だったかが調査されるだろう。正直彼女の就任前の実績では理研のチームリーダーになれるとは思えない。進行中だったSTAPの仕事を高く買う人が居て強い推薦で青田買い的に行った人事だと思う。笹井さんか丹羽さんのところのPDで良かったはずなのに、チームリーダーにまで引き上げた過程に問題が無かったか点検されなくちゃいけないだろうなぁ。

アルガルベカップ決勝

相手はドイツ。中一日だが、主力はほぼスタメン。ローテーションのように常に変わってきたのはGKとSBか。そこ以外は今回のメンバーでは、はっきり差があるのかな。ドイツの選手はみんな大きい。前半からどちらにもチャンスがあり、際どい場面もあったが前半は0-0。予定の交代と思われる選手交代があって、後半開始早々、ふわっとしている間に交代で入ってきた選手に失点。さらに守備ががたついて後半はじめのうちに2失点。大きく振ったパスからの攻めに守備がついて行かなかった感じ。そのまま0-3へ。守備になると、ドリブルする相手にじりじり下がってしまう感じ。メンバー交代の影響だろうか。GK山根選手も、身長は武器だけど、もう一皮むけてほしいかな。0−3から膠着して選手もどんどん両チーム代わって行く。ドイツの選手のパワーが上回っているなぁ、このままではドイツに勝てないな、という印象。0−3で準優勝。

再びSTAPがらみの話

小保方サンの論文は調べれば調べただけ、色々な事が出てくるようで、びっくりしてしまう。ここ数日は博士論文が調べ上げられているようで、本文、参考文献リストにコピペが見つかってきたとか。

生命科学分野に居る私たちの周辺でも、まさか、ここまでとは、とびっくりするばかり、な状況になってきた。RNA研究でねつ造問題が噴出して以来、分子生物学会などでは年会で研究倫理にかかわるシンポジウム/セミナーが開かれて、特に若い人たちへの論文作製時の適正なデータの取り扱いなどについて啓蒙してきていた。その中を育ってきたはずの若い人にこういう問題が発生するとは。

博士論文の問題は、論文の審査をした人として名前を連ねている早稲田大学と、博士論文の内容になる研究の実際の指導をした東京女子医大、ハーバードの教授たちは何をしていたのだろう。報道されている事が事実であれば、分野外の人間であっても一読で論文の体をなしていないのは明らかにわかるはずのレベルで厳しい叱責とともに書き直しを命じられるレベルだ。引用論文リストがコピペで、本文との関連付けがきちんとしていないというのだから。ただ、コピペに気づかなかっただけならまだしも、まともな審査をしていないと大学が指弾されるべきれべるまでいっている。こういういい加減な指導を受けて育った結果だと考えれば、Nature論文の杜撰さは理解できる。

びっくりするのは、これらの記事を見て、コメント欄を見ると、これくらい問題ないなどというコメントが散見される事。確かに、学術論文は事実の記載であって、大事なのは実験結果であり、それを記述する文章は、文学的な自己表現の文章ではないので、文章、言い回しの細かな類似性自体は大騒ぎする問題ではない。決まりきった書き方で淡々と事実を書くとほとんど同じ文章に自然になるし、それは問題ではない。でも、この人のように長文を丸ごとコピペするのは常識外だと思う。ここまでのものが許容できるという人は、かなり問題があると思う。学位論文の研究背景の説明の部分は、自分が大学院在籍中に自分の研究テーマ周辺の知見について勉強してきたものを見せるところであるはず。一般向けの解説文を丸写しではなく、自分が読んできた論文から得た知識をつなげて引用しながら、自分の仕事の意味の位置づけを分野外の人にもわかるように説明するところのはず。お手本にした文章があるにしても、自分の研究の理解を助けるための背景説明であるのだから、丸写しはあり得ない。それでいい、というような指導を受けていたのだろうか。。。

STAPそのものの真偽は、まだ、わからないが、データの扱い、論文の書き方に関する研究倫理をテーマにしたシンポジウムが関連諸学会で再度、盛んに行われる事になりそうだ。

サッカー女子代表アルガルベカップ3試合目

今日はアルガルベカップ、リーグ戦の3試合目、vsスウェーデン。GKがローテーションで3人目。これで全員使ったのかな。スタメンは所謂いつもの主力組主体のメンバー。前半先制されて、後半追いついて。日本の時間帯の後、スウェーデンの時間帯。後半になって、かなりの攻め合いに。ヨーロッパのチームはみんな大きくて、対格差があるのに良くやってるな、と思う。もう一度押し込む時間を作って、PKを得て勝ち越し。日本の交代は早い時間には進まず、かなり本気モードの進行。1点リードのまま終えて、リーグ戦1位になって、後もう一試合、決勝戦に進む。しかし、主力がんばらせて、決勝どういうメンバーで戦うんだろうか。

STAP細胞の騒動に思う事

現在、様々な疑惑が騒がれ、共著者の一人が他の共著者に撤回を提案したという時点。私自身は幹細胞の分野ではないが生命科学の分野に居る立場で、これまでの経過で感じた事を書いてみようと思う。

論文の公表時に思った事

iPS細胞は外から遺伝子を入れて働かしていたが、何らかの刺激で元々のゲノム上にあるそれらの遺伝子を上手く働かせる条件があって、それを見つけたのかな、というのが言われる結果に対する私の印象。胎盤にも分化するというiPSには無い性質もあるようだが、大筋では分化した細胞を幹細胞に戻す新しい簡便な方法を見つけた、という話と理解した。その意味では、分化した細胞を4つの遺伝子を働かせて幹細胞に戻せる事を示したiPSの結果のラインの上にある仕事で、幹細胞を作る応用面で簡便な方法という価値は高いが、基礎的な視点からは新しさはあまり感じられなかった。ノーベル賞はiPSに既に与えられているので、これをベースに画期的な治療法が開発されればあるかもしれないが、現時点でノーベル賞を言うのは騒ぎ過ぎだろう、と感じたし、割烹着とか研究と関係ない事で過熱する報道に研究者としてはシラケてしまう感もあった。ただ、酸の処理だけでそれができる、というのはどういう事だろう、これからどう発展するのか、という点は興味深かった。

疑惑が騒ぎ始められて

始めに、写真の使い回しが言われ始めた時は、単純ミスで、ちょっとかっこわるい事をしてしまったな、と思った。でも、後で差し替えるつもりで仮に置いた写真を差し替え忘れるとか、図を作り直している途中で、元に戻ってやり直したりしているうちに差し替えたはずが元に戻っている、というミスもあり得るので、そのようなもので、errataとして、訂正が出るのだろう、と考えていた。

しかし、次から次へとおかしな部分が指摘されて行く。複数の画像の使い回しや、文章のコピペが出るに至っては、問題の部分の作成を実際に担当したのが共著者たちのうち誰かがわからいが、研究倫理面が緩い人たちなのかな、と感じ始めた。実験手法の文章のコピペに関しては、実験手法のところは普通に書いても似たような文章になってしまうところではあるものの、あそこまでにはならないし、そもそも、元の論文があるなら、長々と同じ事を書いたりせずに、その論文を引用してその条件に従った、と書けば一行で済むし、変えた条件があれば、その条件だけ記載し、他は元論文通りと書けば良いし、それが一番楽だから普通の研究者はそうするところで、あんなコピペをする理由がわからない。利益相反の記述も不味かったようで、なんだかなぁ、だったが。まぁ、それでも結果が再現できれば、論文を書く時の倫理に関して厳しく叱られて、それなりの処分、戒告とか訓告とか、重くて短期の停職、、、そこまではいかないかなー、といった程度の事になるかもね、と見ていた。再現実験に成功した、という報道が出てきたところで、細かい調査は元の実験データやらノートやらを調べるのを、自分の本来の仕事も別にある人たちがやるので、時間がかかるだろうけど、そんなところに落ち着くかな、と。

最近の展開について

再現実験の結果についての報では、マウスの1週令を超えると効率が落ちる、とか。そうだとすると、もし、現象が本当に起きている事だとしても、応用上の価値はかなり落ちる事になるかも、と感じた。新生児の時に細胞を取って処理して保存しておかなくてはならないのではコストがかかりすぎる。騒いだほどのものではなくなる可能性が出てきたかな、という印象。

さて、ここに来て、ネズミの実験を担当した人が撤回を呼びかけ始めたとの事である。最初に疑惑が言われたネズミの写真の話では、その部分は共著者で、元の写真を渡したのなら、自分が担当した部分の図になるわけで、その人がチェックするべき部分で、彼にも大きな責任があるんじゃないか、と思っていた。責任著者とされている二人に最終的な責任があるとは言え。まーでも、その他にもあまりにあれこれ出てきて、自分の担当したところ以外のところが信じられなくなれば、そういう話になるわな、というところ。

一つの論文でこれだけたくさん問題が出てくると、ケアレスミスでは済まされない問題が背後にあると疑わざるを得ない。論文で言っている事が正しくて、それを示すデータを持っていれば、論文を掲載されるために人に見せるデータは適当に都合のいいものを持ってくればいい、という考えの人が少ないけれど居る。それは、完全なねつ造を向かう、一歩手前の行為なのだが。アメリカ側の同じ研究室からの論文で使い回しが疑われるものが見つかったという話を聞くにつけ、彼女はそのような怪しげな文化の研究室で育ってきてしまったのかな、と疑ってしまう。最近はコンピュータを使って、図の使い回し、文章のコピペはすぐに見つけられてしまう。このような問題は5年以上前に何度か問題になって、研究者なら知っているので、まだそのような事をする人が居るとは考え難いのだが。

今後。。。

最終的にねつ造となれば最悪。そうでなくても、ここ数年強調されてきたはずのねつ造やデータの不適切な取り扱い防止の教育を再度徹底する事をやっていかねばならず、学会のお偉方は頭が痛いだろう。本格的な調査の結果が出るには、理研がどの程度の体制を取ってやるかにもよるだろうけど、数ヶ月の単位の時間は少なくとも必要じゃないだろうか。

サッカー女子代表戦

今日はアルガルベカップ2試合目。この大会は6人交代可能で試合間隔も短いのでどのチームも常にベストメンバーという訳ではないので、見た感じでどんなものか、わかりにくいものもある。今日の日本代表はターンオーバーして、前の試合から先発は8人交代。前の試合で前半での交代もあったので、今日は、ほぼ控えのチームでスタート。後半、いつものメンバーが次々投入されると、さすがだなぁ、というプレーになって行ったが、結果としては前半の1点のみで、1−0の勝ち。控え主体でもひどくバタつく感じは無かったのは、以前に比べて底上げされてる感はあったけれど、攻めで後一歩の違いがあるというのは見えてしまったかな。

サッカー代表戦

今日は男子のA代表親善試合と女子のアルガルベカップが連続でTV中継。
男子はW杯本番までに組まれている試合はこれを含めて2試合とか。実際にはこれから入れるんじゃ無いか、、、とは思うのだが。NZ戦。ニュージーランドは本戦に出ていないチームでランキングもかなり下位。国立競技場が立て替え前の最後の代表戦とマスコミはあおるけれど。前半に4点取った後は低調な試合。体調不良と怪我の選手のところがいつもの選手と違っていて、そこがどうなるか、だが、うーん、だなぁ。
女子は、これからW杯予選に向かうところで、アメリカ戦。アメリカはかなりメンバーが五輪と違っていたようだけれど、日本はほぼいつものメンバー。GKが背の高い山根選手。体格があるので他の技術と経験が伸びれば期待できるけれど、どうだろう。後半かなり選手を入れ替えたけれど、押されていて、攻撃の選手が良いところを見せる場面は限られていたかなぁ。

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Jubai 1-1